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現代の生き方のヒント
「PLOTTER MAGAZINE」
[Interview No.021]

さまざまな世界において活躍する「PLOTTER」の行動力は創造性に溢れています。

「PLOTTERMAGAZINE」は、彼らの考え方や価値観を通して、過去から今までの歩みをたどり将来をポジティブな方向に導く変革者たちを応援します。

私たちが創るツールと同じように、ここに紹介する「PLOTTER」の物語が、みなさんにとってのクリエイティビティのヒントになれば幸いです。

21人目となるInterview No.021のPLOTTERは、介護美容家、美容師の東 亜紗美さんです。

 

自分の技術で、人を美しく、笑顔にしたい。
知識と経験を重ねた先に見つけたのは、
社会と高齢者をむすぶ美容の力

 

高齢化社会が進む日本。2065年には総人口の約38%が、65歳以上になると推計されている。健康で自立した生活を送り、尊厳を保ちながら年齢を重ねていくために、さまざまな取り組みが推奨されているなか、東亜紗美さんは「美容」に着目をした。

美容師を本業とする東さんが介護分野に興味を抱くきっかけとなったのは、家族の死。かけがえのない存在を失いながらも、介護を学び、介護業界に身を置いた。そうして見つけたのは、「介護美容家」というもうひとつの生き方。現在、東さんは美容師と介護美容家の二足の草鞋を履き、活動を続けている。深い悲しみを乗り越えたその表情は、いつも明るく晴れやかだ。美容の技術で誰かを笑顔にするために、東さんは今日も新しい一歩を踏み出していく。

――「介護美容家」とはどのようなお仕事なのですか?
美容を通じて介護予防の活動を行う、といったイメージでしょうか。介護美容家という仕事は、明確な定義があるわけでも、昔からある職種というわけでもないんです。この肩書きは「やさしく、丁寧に、美しい介護」を理念にさまざまな取り組みをされている、アモールファティ主催のプログラム「街角ときめきサロン」で、講師を務めることとなった際につけていただきました。

街角ときめきサロンは「シニアメイクアップレッスン」、「シニアヘアーレッスン」、「椅子ヨガ」、「アロマオイルマッサージ」、「シニアネイル」、「爪ケア」など、健康美容に関する講座を実施する通所型サービスのひとつです。介護や美容全般にまつわる知識のほか、栄養士、看護師、美容師などの資格を有するメンバーが介護美容家として、それぞれの得意分野を生かした講座を受けもっているんですね。私の担当講座では、顔の印象を左右する眉毛のお手入れ方法を紹介する「眉メイクレッスン」と、血流改善頭皮マッサージやワインポイントメイクをレクチャーする「頭ほぐし&メイクレッスン」を中心に行っています。

そのほか私個人の介護美容家としての活動内容は、遺影撮影をされる方のヘアメイクや、美容院に行くことが困難な方のための訪問美容が多いですね。介護美容家になったのは2022 年からとまだ日が浅いので、これからもっとできる範囲を広げていきたいなと思っています。

――東さんはもともと、フリーランスの美容師としてご活動をされているとか。
はい。地元である愛知県の美容専門学校を卒業後、東京、千葉、埼玉に多数の美容室を構えるビューティーサロングループへ就職し、6年勤めて独立をしました。独立したきっかけは、もっと自由に活動がしたかったから。現在は東京・恵比寿の美容室を拠点に、フリーランスの美容師としてサロンワークをしながら、ヘアメイクや介護美容家の仕事を行っています。やっぱり自分のベースはサロンワークだなと考えているので。

独立前に勤務していた美容室の運営会社は、ヘアメイク、ネイル、ブライダルなど、多岐にわたる美容関連事業を展開しているんですね。キャリアのスタートが美容師だとして、その先も美容師を続けていくのか、ヘアメイクにシフトするのか、ブライダルを専門にするのかなど、専門学校を卒業した時点では決めることができなかったため、この会社なら自分は将来何を軸にしていきたいのかが見つけられるはずだと思ったんです。

入社して3年ほどは先輩スタイリストのアシスタント。そこからスタイリストデビューをしてお客さまのカットができるようになり、徐々にヘアセットやメイク、着付けなど、仕事の幅も広がっていきました。そうして気づいたのは、私はサロンワークが好きなんだなということ。美容師をしていると、年齢や職業を問わずさまざまなお客さまに出会えます。そんなご縁が楽しくて、なおかつ自分の技術を喜んでくださることに、やりがいを感じるんです。だから私の仕事の7割をサロンワークに据えることは、これからも変えるつもりはありません。介護美容の仕事をもっと広めていきたい思いはありつつも、自分の時間には限りがあるので、同じような志をもつ美容師が増えていったらいいなと考えています。そのためにもいまは自分が、精力的に活動をしなければならないなと。

――介護分野に興味をもたれたきっかけは何だったのでしょうか?
2020年に父が亡くなったんです。突然倒れ、検査をするとすでにガンが進行しており、余命宣告を告げられる状態でした。私は東京で仕事をしているためすぐに帰ることができず、ガンが分かってから久しぶりに父に会ったところ、私の知っている父とは違う姿になっていたんです。体は痩せ細り、認知症を発症した父は別人のようで、なかなか受け入れることができませんでした。そんな自分がすごく嫌でしたし、知識があればもっと父に寄り添うことができたかもしれない。それで介護の勉強がしたいと思い、美容師が介護資格を取得できるスクールへ通い始めたんです。

私が専攻したのは訪問美容コース。車椅子や寝たきりの方への施術方法をはじめ、老化や認知症への理解、介護におけるコミュニケーション技術など、さまざまなことを学びました。私がスクールへ入学する前に父は亡くなってしまいましたが、父の闘病生活を支えてくださったスタッフの方々への感謝の思いもより一層深まりましたし、晩年の父の心を知れたような気がしています。

――スクールで学んだ知識を介護美容の仕事として生かすことは、当初から考えていたのですか?
いえ、最初はそこまで。だけど勉学に励み、介護業界の方々と触れ合うにつれ、美容師の私が介護の分野でできることは何なのかを、深く考えるようになっていきました。身だしなみを整えることは、自らの尊厳を守ることにつながっていく。思うように体が動かなくなったとしても、きれいなヘアスタイルにカットして差し上げることで、その方の“自分らしさ”をお守りできるのではないかなと思ったんです。

ただ私の思いは理想であり、介護の現場で働かれている先生方からは、厳しいご意見も頂戴しました。「介護施設の入居者へメイクをしても、そのメイクをオフするのは施設スタッフの仕事になる。それはスタッフの仕事が増えるだけだ」、「施術をしている最中に転倒をしたら、それが死に直結する場合もある」などですね。でもそれは、先生方のおっしゃる通りなんですよ。現場を知らない人間が行っても、ご迷惑にしかなりません。だからまずは自分が介護の現場を経験し、状況を把握しないことには、介護美容のサービスを提供してはいけないと思いました。それで訪問介護の仕事をすることにしたんです。やはり本業は美容師ですから、1年間と期間を決め、週に1日の勤務がOKな事業者さんを探して。

――ホームヘルパーとして、実際にお仕事をされたのですね。東さんはスクールで介護職員初任者研修の資格を取得されていますし、働くことができる。
高齢者の方や障害のある方のご自宅へお伺いをして、食事の準備と介助、排泄介助、口腔ケア、買い物、掃除など、利用者に合わせたサポートを行っていました。人間の暮らしは、そんなにきれいなものではありません。自分が学んできた常識がくつがえされることは日常茶飯事でした。でもホームヘルパーの仕事を通じ、美容の力でフレイル予防ができたらと、意識が向くようになったんです。

フレイルの語源は英語の「Frailty」で、「虚弱」を意味します。人は年を重ねると体力が衰え、外出の機会も減り、自分で出来ることがどんどん少なくなってしまうもの。それが積み重なると体と心の働きが低下し、要介護状態となる危険性が高まってしまいます。その状態をフレイルと呼び、そうならないための取り組みがフレイル予防なのですが、介護をさせていただいていると「よくなろう」という意欲のない方が驚くほほど多かったんですね。「もう生きていたくない」と食事を拒否する方、初めは一緒にお手洗いに行っていたのに、半年後には「足が痛いから」とオムツを選択される方もいらっしゃいました。そういった方々と接し、社会との関わりをもつ機会を増やしてほしいなと私は思ったんです。

たとえば普段メイクをしなくなってしまったご年配の女性も、お出かけをする予定があれば「紅をさそうかしら」と気力が湧いてくる。そんな風に美容が社会とのコミュニケーションツールになったらと感じています。

――それが「街角ときめきサロン」での活動につながっているのですね。
そうなんです。「今日は美容の先生が来る日だから、外に出よう」と、ご年配の方が外出をする理由にもなります。それに講座でレクチャーした眉毛の描き方を日常でも取り入れてくださったら、出来ることがひとつ増えますよね。鏡を見るようになった、容姿を気にするようになった、そういった些細なことでも素晴らしいと思うんです。

――東さんのお仕事のベースはサロンワークだとお伺いしました。しかし美容師のお仕事と並行しながら、介護を学ぶためにスクールへ通い、ヘルパーとして働き、介護美容家としても活動をされています。その原動力はどういったものなのでしょうか?
誰かをきれいにしたり、笑顔にすることが、純粋に好きなのだと思います。自分の技術によって、お客さまの日々の暮らしに花を咲かせられたら、私自身も嬉しいんですね。サロンワークと介護美容でお会いするお客さまの層が異なることも、プラスに働いています。やっぱり客層に偏りがあると、技術の幅も狭まってしまいますから。私は自分が後期高齢者になっても、美容師を続けていたい。自分のサロンがおばあちゃんの憩いの場になっていたら、最高ですね。

――最後に、「PLOTTER」とはどのような人間像だとお考えでしょう?
人とのご縁をつなげる存在かなと思います。私自身、人との出会いが仕事につながり、私が行きたい世界に連れていってくれている。カットしに来てくださるお客さまはもちろん、「街角ときめきサロン」での講師の仕事も、遺影撮影のヘアメイクの仕事も、訪問美容の仕事も、すべて人とのご縁が契機になっているんです。

 

【東 亜紗美・ Kaigo Biyouka, Hairstylist】
中部美容専門学校卒業後、VISAGECREATIONへ就職。2014年に独立。
サロンワークを中心に、イベント、撮影などのヘアメイクを手掛ける。2022年介護美容家として、介護予防事業の講師を務める。高齢化率が上昇する日本。美容の力で高齢者と社会をつなぐ活動を行っている

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